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日本に生まれて良かったと思える誇りある国づくりに貢献したい。


by peacefulsports89
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戦友の存在

大学1年生のとき野球部で出逢ったY。

 彼が最初に私に言った言葉。

 「ゾノは上でも野球やるつもりなん?俺は絶対にやるで!一緒にやろうや!」

 入学当初からプロでプレイすることを思い描いていたY。正直私は大学野球でやりきって卒業後は指導者になろうと決めていた。

 彼は中京大以外にも、早稲田大学と日大野球部からも合格をもらっていた。

 最初のスタートは彼が一軍で、私が二軍であった。

 しかし、お互い同じ公立出身として気が合ったのだ。

 学校名だけで人を判断するようなことはなく、毎晩のように本音で語り合った。お互い、いい意味で反骨心をもっていた気がする。

 まさに『志の出逢い』であった。

 恵まれた環境を活かし、時間がある限り練習をし、共に切磋琢磨した。そんなとき、いきなり彼がある病にかかって入院した。

 翌年、チームに戻ってきたときには、「俺、指導者の道に進むことにするわ。」と無念そうな顔で言った。

 続けて、「そのかわり、お前のためならいつでも練習付き合うから言ってな!一軍入りに向けて応援するから!」

 その日から、二人三脚での挑戦が始まった。

 わずかな練習時間を活かすため、打撃練習、守備練習(ボールへの入り方、ステップの仕方、送球等)でフォームチェック。練習後は一軍が使うため、夜に時間をつくって室内で練習。

 そんな日々が1年以上続いた。

 相方のおかげで確実に力がついていき、ある学生コーチに練習に取り組む姿勢と成果が目に留まり、1年秋に1打席のチャンスを与えてくれた。
 野球を始め、初めての代打であった。

 「この1打席で結果を出さなければ次はない!!」

 そんな気持ちで試合に挑んだ。

 試合前、相方がティーバッティングの相手をしてくれた。「頼むで~!絶対に打てる!!お前ならできる!」

 そう奮起させてくれた。

 そのかいもあってか、粘りに粘って『四球』。自分の持つスイングと粘り強さをしっかり見せることができた。

 2年夏にはそういった成果が花開き、ついに一軍入りを獲得した。入部当初「野球は学校名でやるものじゃない!」ということを証明する!

 そう強く決意したのを思い出した。

 大学4年間の大半の思い出を占めたのは部活動。あのとき人間関係にぶつかり、それでも逃げずにやってきた経験が今に活きている。

 それ以上に、物事がうまくいくときは大抵、影で支えてくれる人の存在があることを学んだ。

 松下幸之助、本田宗一郎、豊田佐吉、それぞれにはみな強力なNO2の存在(目立たないが)がある。近くに戦友(軍師)と呼べる人がいるのである。

 彼がいたからやってこれた4年間であった。

 Y本当にありがとう!!
by peacefulsports89 | 2009-12-15 19:53